そろそろ日も傾き、夕暮れにさしかかろうかとする刻限。海へと向かう道を2人の女が歩いていた。 1人は腰に長剣を佩き、革鎧にマント姿の、プラチナの髪をポニーテールにした青い瞳の神官戦士―――すなわち私と、法衣に身を包み衣装を凝らした杖を携えた、ウェーブがかったブロンドの女性。 特に明確な目的があるわけでもなく、私達は旅を続けていた。 さて、そろそろ村が見えてきてもいいはずなのだけど。 夜旅は危険だ。それに、どうせなら布団で寝たい。最悪、馬小屋でもかまわない。 堅い地面で寝るよりははるかにマシだ。 ふと、徐々に茜色に染まりつつある空を見上げる。 夕暮れには、魔物に出会うという。 「逢魔ヶ刻、か……」 「そんな感傷的に独り言を漏らしても似合わない上に気色悪いですわよ」 「…………悪かったわね」 あいにくと魔物じゃなくて悪女…………でもなくて、口の悪い相棒しかいなかった。 「いきなりオウマガトキ、だのと訳のわからない事、他人の前では口走らないで下さいな。私まで品性を疑われてしまいますから」 「訳わからないって…………シャーリィ、異界神話禄読んだ事ないの?けっこう有名なはずだけど、逢魔ヶ刻の一節って」 「聞いた事もありませんわね。そんな怪しげな題名の本なんて」 即答する相棒―――シャーリィ。 「…………その本の著者誰だか分かって言ってる?ちなみに私の愛読書だけど」 「耳が腐ってらっしゃるのかしら?知らないと申し上げたばかりですわよ。まあ、貴方が読むような本なんてきっと内容も下劣極まりないものに違いありませんわね」 内心で握りこぶし。我慢、我慢…………どうせだから、反撃。 「…………その本の著者、ノエル様だけど」 その一言に、シャーリィはおもしろいように静止した。 お〜、脂汗流してるし。 「い、今なんとおっしゃいましたの……?」 「タイトル『異界神話禄』全50巻、著者は皇王ノエル様。ほら、これが私のお気に入りの奴」 聞かれたので素直に答えて、現物も取り出して見せた。追い討ちをかけたとも言うかもしれない。 あー、蒼ざめてる蒼ざめてる。 「…………し、知ってましてよ、そ、そんな事。そう、それは―――」 「別に今のこと他人に言いふらしたりなんかするつもりはないわよ」 ほぉ、っと安堵の溜息を吐くシャーリィ。 「報告書には書くけど」 「な―――!」 今度こそ絶句して口をパクパクさせているシャーリィ。 う〜ん、静かだけど、なんか物足りない。 「冗談よ」 「…………あ、当たり前です!そのような余計な事でノエル様の手を煩わせるものではありません!」 「ノエル様のことだから気にしないと思うけど…………」 あの方の事だから、笑って受け流すだろう。何か言ったとしても、興味があれば今度読んでみてください、ぐらいだと思う。 なんというか、おおらかと言うかのほほんとしていると言うか…………普段のノエル様はそんな方だ。 そう言ってもシャーリィはご機嫌斜めのようだった。 「あ、そうそう、今朝妙な夢を見たんだけど」 放って置くのもなんなので、そんな話題を振ってみる。 「あら、貴方が妙と言うなんて、どれほど妙な夢ですかしら。ああ、きっと精神が弱い者であれば発狂しかねないほどに恐ろしいに違いありませんわ……」 「あのね…………」 案の定、元の調子でそんな反応が返ってきた。 「冗談はさておいて、どんな夢でしたの?」 「天使の夢」 「……………………」 なんだか、思いっきり哀れみの目で見られてる気がする。 「あのね、本当に見たんだってば。天使が西に向かって飛んでいく夢」 「よほど疲れていたのですわね…………そんな幻覚を見てしまうほどに。初めて貴方がかわいそうに思えましたわ」 一瞬、本気で殴ろうかと考えてしまった。 結局シャーリィはまともに取り合わず、話はうやむやになった……。 話をしているうちに丘を越え、その向こう、海岸近くに村が見えた。 この距離なら、日が沈む前にはたどり着けるだろう。 「今日はあったかい布団で眠れそうだね〜。…………あれ?」 丘を越えた先、黒い人影が私たちと同じように村へと向かっていた。 「旅人ですかしら。黒いローブなんて悪趣味ですわね」 「案外と魔物だったりしてね」 ほんの冗談だった。そう、この時は冗談のつもりだった。 「もしそうでしたら、派遣布教官の名に賭けて私達が退治するまででしょう?」 「そだね」 そんな軽口を言いながら。 私の運命に深く関わる事になった事件の待つ、その村へと。 天使は、運命を導くとされる。 私たちは歩いていった。 そう、私が見た夢の中で、天使の向かった西へ。 私はセリス。エルサディアの神官戦士にして、地方布教官。俗に言う『宣教師』。 今の私の使命は――――――まだ、見出せていない。 |
「ようこそいらっしゃいました。ろくにおもてなしもできませんが、ゆっくりしていってください」 「いえ、こちらこそお世話になります」 村には宿泊施設はなく、私たちは村長の家にお世話になる事にした。 出迎えてくれた村長さんは、初老の、人の良さそうな顔立ちの人だった。 村の規模のわりに、村長宅はなかなか立派な建物だ。 少々そのあたりが気にかかるが、好奇心は猫をも殺すらしいので、自重する。 「いやはや。こんな辺鄙な村に神官戦士様が訪ねていらっしゃるとは。しかも、こんなに若く美しい女性方とあっては、良い自慢話になります」 まあ、事実私達のようなのは珍しいんだろうけど、なんとなくおべっか使われてるみたいであまり気持ちよくはない。 シャーリィの方は満更でもなさそうだけど。 「しかし、今日は珍しい事が起こる日ですな。実は、もうひとり旅の方がいらしておりまして」 「もうひとり?」 「ええ、つい先程なのですが。その時私は少々取り込んでいまして応対できなかったので、息子が客間に案内したそうです」 たぶん、あの黒いローブの人物だと思う。 「もうすぐ夕食ですので、こちらへどうぞ。食事の席で、神官戦士様の武勇伝でもお聞かせ下さい」 「ええ、喜んで」 にっこりと笑うシャーリィ。 相変わらず、人前で猫をかぶるのが上手だと思う。 一回本人にそう言ってみたら嫌味たっぷりに軽く受け流してくれたんで、それ以後気にしないことにしているけど。 「あら、貴方も昨日帰っていらしたところなんですか」 「ええ、3年ほど他所に奉公していまして。いや〜、運が良かった。もし帰ってくるのがもっと遅かったらこんな美女2人と同席するなんてなかったでしょうからね」 「あらあら、御上手ですこと」 シャーリィとの話に花を咲かせているのが村長の息子さん。 そして、私達の前には、おいしそうな海の幸が並んでいた。 テーブルについているのは私とシャーリィ、そして村長とその息子だけだった。 あとは女中さんが後ろに控えているだけで、件の黒いローブの人物(だと思う)は姿を見せていない。 「もう1人のお客様はどうしたのかね?」 「もうすぐ夕食なのでこちらにきていただくようには言ったんですが。まだ部屋にいるのかもしれませんね」 「おい、お呼びしてきなさい」 「はい」 そう、女中さんに声をかける村長。 「さぁ、冷めると味が落ちてしまいますし、どうぞ先にお召し上がりください」 「はい、いただきますわ」 そう言って食べ始めるシャーリィ。 …………私は、なんとなく料理に手をつけなかった。 理由は…………もう一人の客、と言うのが気になった事もある。 でも、それだけなら別に先に食べ始めてもいいはずなのに。 何か強烈な違和感が、私の手を止めていた。 「どうぞ、気になさらず召し上がってください」 「あ、はい」 村長の言葉に、すでにリゾットを大方平らげているシャーリィを横目に、料理に手をつけようとしたとき。 「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!!」 誰かの―――おそらくはあの女中さんの、まさに断末魔の叫びが響いた。 |
迷うことなく、脇に立てかけて置いたロングソードを引っ掴むと、叫び声がした方へと駆ける。 幸か不幸か、、目的地はすぐ近くにあった。 半開きの扉を開けるとそこには。 あの黒いローブの人物と、その正面に立っている女中さん。 そして、女中さんの背には、赤黒い何かが生えていた。 …………いや。彼女は、心臓を黒いローブの人物の腕に貫かれていた。 黒い人影は、そのまま腕を引き抜くと今度は彼女の頭部に押し当てる。 そして、音も無くその頭部が吹き飛び、後ろの壁に血の花が描かれた。 「な……なにしてんの!?あんた!」 剣を構え、問いただす。 「こ、これはいったいどういうことですの!?」 いつのまにかシャーリィや村長とその息子もやってきていた。 黒い人影が振り返る。 だが、そのフードの下の紫色の双眸が捕らえたのは…………私ではなく、村長。 「きさま…………キサマァァァァッ!」 「え?ちょ、ちょっと…………!」 私を押しのけ、狂ったように突っ込んでいく村長。 そして…………トスッと言う軽い音と共に、止める間も無く村長の心臓を手刀が貫いた。 白い肉片の混じった血が飛び散る。 ――――――違和感。 そして貫いた腕を引き抜くと、頭部に押し当て、また音も無く吹き飛ばす。 ――――――そう、先程も感じた強烈な違和感。 だが、とりあえずこいつを何とかする方が先か。 「両手を後に組んで、動かないで。抵抗すれば……」 いきなり、目前に顔が現れる。 「…………!」 一瞬で間合いを詰められた。 その時フードがはがれ、その下からは銀髪の青年の顔が現れていた。 思わず間合いを取ろうとする私とは対照的に、彼は一瞥しただけで、私の傍らを通り過ぎると後ろにいたシャーリィと村長の息子の前に立つ。 「抵抗するつもりでしたら、エルサディア派遣布教官の名に賭けて、この場で殲滅いたしますわよ」 あまり動じてない様子のシャーリィ。膝が笑ってるように見えるのはこの際無視しておく。 私も振り返り、改めて剣を突きつけて努めて平静を装って、問いただす。 「さあ、とりあえず何でこの人達を殺したのか、話して貰いましょうか」 だが、そんな私の言葉に、フッ……と笑う彼。 「…………人、だと?」 そう言って、初めて私を見据える彼。 「…………お前の言う『人』とは何だ」 ―――パズルのピースが一つ、はまるような、感覚。 「い、いきなり哲学?ごまかそうって言うなら……」 「…………答えろ」 彼にとっては、よほど重要な事らしい。 ―――いや、私には何故彼がそんな事を聞くのかわかっているような気がする…………。 「知能を持ち、言語によって他種族との交流を図り得る種族、そしてその種に所属する個体の総称。あるいは、人間種族の俗称。今回は後者の意。これでよろしくて?」 私のかわりにすらすらと辞書に書いてあるような事を答えるシャーリィ。 「そうか、ならば私はお前たちの言う人殺しではないな」 「え…………?」 そう言って、再び2人に向き直る。 「…………お前たちは後回しだ」 そう言って、彼は音も無く出て行った。 まるでその行為が当然の事であるかの如く、誰も彼が出て行くまで、何もする事ができなかった。 「お、追いかけませんと!」 しばし呆然とした後、ハッと我に返ったシャーリィが言う。 そう、追いかけなければ。だが…………。 私は、倒れた村長の傍らにしゃがみこむ。 「何をしていますの!?早く…………」 シャーリィの声を無視して、『違和感』の正体を探り当てようとする。 あたりには、血に塗れた白い脳漿が散らばって…………。 ――――――待て。脳漿って、あんな色だったか? だが、もっと詳しく見ようとした矢先、突然吹き上がった炎が……真っ黒な炎が、あたりに散らばった血を跡形も無く焼き尽くした。 残ったのは、胸にぽっかりと穴の空いた頭が空洞になった死体が二つ。 もう、ここで得られるものは無い。 私は立ち上がると、部屋の外へと駆け出す。 「いくわよ、シャーリィ!」 「ああもう、自分勝手に行動しないで下さいませ!」 怒鳴るシャーリィはほっといて、さっさと部屋を出ようとする。 「あ、あの、僕はどうすれば……」 そうだ、村長の息子もいたんだっけ。 「貴方は屋敷に鍵をかけて、誰も中に入ってこないようにして隠れてて」 「は、はい!」 今度こそ、私は部屋を飛び出した。 屋敷から出ると、既に外にはいくつかの死体が転がっていた。 「だいぶひどい事になってるわね……」 傍にしゃがみこんで調べてみると、死体は全て同じ状態。 心臓を貫かれ、頭部を破壊され、その中身を完全に消滅させられていた。 「セリス、貴女さっきから何をやっていますの!?早くあの男を止め……」 ふと、シャーリィの声が途切れる。 顔を上げると、私たちの周囲を村人たちが取り囲んでいた。 老若男女問わず皆一様に血走った目で、その手に鍬や鋤や銛や包丁、はては釣竿や網などを持っている。 「村人総出で歓迎してくださってる……という雰囲気ではありませんわね」 「たぶん、もう何話しても通じそうに無いでしょうね……」 立ち上がり、身構える。 「私の予想が正しければ、もうこいつら人間じゃなくなってる」 |
「…………どういうことですの?」 「言葉通りの意味よ。この団体さんの雰囲気見れば大体予想はつくでしょ?」 「確かに異様な雰囲気ですけれど、何故人間でないなどと断定できますの?」 「あの男が言ってたでしょ。『人は殺してない』って。そして、死体に妙なものが混じってた」 「…………妙なもの?」 「血に肉片が混じってた。どうも人間の部品じゃなさそうなものがね。そして、元々脳や心臓だったと思われるような物はその肉片以外存在しなかった」 「―――!」 「詳しく調べる前に黒い炎―――たぶん、あの男の仕業だと思う―――が、肉片はおろか血の一滴まで綺麗さっぱり焼き尽くしちゃったけどね」 村人たち―――いや、元・村人たちは徐々に包囲網を狭めてくる。 「おそらく、あいつらは寄生生物の類。人の脳と心臓を乗っ取る形で寄生するような、ね」 私がそう言い終わると同時に、元・村人のひとりが仕掛けてきた。 ヒュン、と振り下ろされた鍬を受け流し、私は返す刀で頭部を断つ。 ざんっ! 割られた中には、明らかに人間の脳とは異なる、白い肉塊が詰まっていた。 外気に触れ、その肉塊はその表面をウネウネと動かす。 それを見たシャーリィが、息を呑む。 「ですけど、あの村長の態度はとても……」 「たぶん、寄生した相手の記憶やなんかを、脳を侵食する段階で取り込んでしまうんだと思う。宿主の行動パターンなんかを、そのままコピーしてしまうのよ」 頭部を割られながらなお向かってくる相手を、ほかの連中向かって蹴り飛ばす。 「こいつらにとって、自分達の事を知られるのはひどく厄介な事なんだと思う。そこで、秘密を知られた可能性のある私達を抹殺するなり、乗っ取って仲間にするなりしようと皆で歓迎してくれてるって事でしょうね。ただ……疑問がまだ残ってる。そんな高度な寄生生物が、どうしてこんなところに存在するのか。あの男はどうやって気が付いたのか。そして、あの男があんたと村長の息子に言った、『お前たちは後だ』ってセリフ……」 新たに殴りかかってきた元・村人Bの腕を切り飛ばす。 「確かにいろいろと気にはなりますけれど、まずはこの状況を打破してからにしませんこと?」 「うん、そだね」 軽く返事をすると、私は一気に中央突破を目指す。 「はぁぁぁっ!!」 裂帛の気合と共に放った一撃が、集団の最も薄い一角にいた3人の武器や首をまとめて切り飛ばす。 そのまま後続の敵も切り払い、囲みを抜け出す。 そして全力疾走。 振り返ると、集団は遥か後方。 で、シャーリィはしっかり私の隣にいたりする。 「さて、あんたの出番よ」 「言われなくとも、わかっておりましてよ」 杖を構え、精神集中に入るシャーリィ。 「……言っとくけど、火災の心配があるから広範囲の火炎系の魔法は禁止ね」 「わ、わかっておりましてよ、そんな事!」 どうやら、本気で火炎球あたりでも使う気だったらしい。 改めて、シャーリィが《因子》で方陣を描き、呪文を詠唱する。 「『全てを閉ざし凍てつかせし白き恵みよ 我が眼前の生命に 等しく永劫の眠りをもたらせ ―――吹雪』!」 ゴウッ! 古代語魔法、『ブリザード』。一定の範囲内に強力な冷気と氷の結晶を撒き散らす魔法で、対複数戦闘においては火炎球と並んで代表的なものの一つ。特徴は、火炎球と比べて効果範囲が広い事と、火事などの2次的な被害が発生する心配が少ない事。そして……火炎球より、少しばかり消費が大きい事。 とはいえ、シャーリィなら平気だろうけど。 「あんまり減ってないわね……」 数体は倒れたが、後続はまるっきり無事で、さらには凍りつきながらも動いているものも多い。 「もう少し密集させてからの方がよさそうですわね」 「……なら、広場まで誘導してからアレやるわよ」 「あまり気乗りしませんけど……仕方ありませんわね」 私たちは二手に分かれると、誘導を開始した。 村の中央の広場にたどり着くと、ちょうどシャーリィもやってきたところだった。 「さて、あとは群れてくるのを待つばかり、ね」 「セリス、貴方の言うにはあの寄生生物は宿主の記憶や知識を持っているのでしたわよね?でしたら、こちらの策に気付く可能性は高いですわよ」 「大丈夫よ、たぶん」 「無責任な答えですわね……」 「ある程度、根拠はあっての考えだけどね。向こうは人海戦術で来る。こっちの行動パターンを見れば、おそらく向こうは全方向から囲めばこちらに有効な手が無いと思うはず。まして、少しでも魔法について詳しい奴がいれば、2人が固まってる状態で取り囲めば広範囲魔法は使えないと思い込んでくるわよ。…………ま、それ以前に、あいつら頭悪そうだし」 「なるほど、確かにあのような輩にそれほど知恵が回りそうには見えませんわね」 …………納得したのって、最後の部分にだけだったりするんだろうか、やはり。 「…………来ましたわよ!」 広場へと繋がるいくつもの道から、元・村人たちが現れる。 予想通り群れになって、全周囲を取り囲むようにこちらへ近づいてくる。 作戦通り、ぎりぎりまで引き付けて…………。 先頭の一人が、目前まで迫ってきた。頃合かな。 シャーリィに目配せすると、同時に呪を解き放つ。 「『重気爆』!!」 ズゥゥゥゥンッ……! すべての音を打ち消し、重低音だけを残して、私たち2人を中心とした周囲に圧倒的な衝撃波が撒き散らされる。 神聖魔法、『フォース・スクエア』。本来《領域》には術式として存在しない、私たちのオリジナルの魔法。 通常、術者を中心とした周囲へ無差別に衝撃波を撒き散らす『気爆』を、二人以上の術者が極めて近い立ち位置において、まったくの同タイミングで使用することによって効果を相乗させるもの。 その威力は、かの『隕石落し』にも匹敵する。 ただし術者同士の立ち位置が離れすぎたり、タイミングが合わなければ、通常の『気爆』が発動し味方ごと吹き飛ばすだけの自爆技になってしまう。 ちなみに、この魔法を除いて、味方以外にのみ効果を与えうる、囲まれた際に有効な魔法というものは……少なくとも、私の知識には無い。 「……どうやら、片付いたようですわね」 地面は抉られ、周囲には数瞬前の面影は残っていなかった。 「まだ、村の中に何人か残ってるはずよ。もしかしたら無事な人もいるかもしれないから、その保護と残党の駆逐、行くわよ!」 結局、保護できたのは村長の息子を含めてたったの3人だった。 全員、とりあえず村長宅へ避難させ、私たちは残党狩りの途中。 夜明けも近い頃合になって、村の隅々まで探し終えたが、結局あの男は見つかっていない。 お互い疲労はかなりのものだが、弱音を吐いている状況ではない。 「もう、残っていないようですわね」 ――――――違和感が、消えない。 「…………まだよ」 「そうでしたわね、あの男がまだ見つかっておりませんでしたわね」 きっぱりと言い放った私の言葉に、だがシャーリィは違う意味で納得したようだった。 その時、背後からガサリと物音が聞こえてきた。 振り返った先には、一人の村人風の男。 ――――――失敗ダ―――――― その人物が発しているのか、奇妙な声が耳に…………否、頭に直接響く。 ゾクリ、と背筋に悪寒が走る。 ――――――マタヤリ直シダ―――――― ゴキリ、と音を鳴らして、男の腕がありえない角度へ曲がる。 ――――――ヤツダ ヤツノセイダ―――――― 男は、関節等の体の構造を無視した、奇怪なダンスを踊りつづける。 ――――――イマイマシイ マタモ我ノ障害トナルカ―――――― 耐え切れずに、体の各部が破裂する。そして、その中からは明らかに人間のものではない、白い触手が覗いていた。 ――――――ヤツダケデハナイ ソノ人間モ我等ノ妨ゲトナル―――――― 割れた頭部から飛び出した、白い触手の先端の眼球が、私たちを睨む。 ――――――我ガ主ノ望ミヲ邪魔スルモノハ―――――― もはや人間の形をとどめていない圧倒的な威圧感を放つ『それ』は、 ――――――侵セ―――――― …………滅ボスベキ、相手ダッタ。 「これは……今の私たちだけでは少々無理がありそうですわね……。一旦引いて皇都に応援の要請を―――」 シャーリィの言葉を無視して、私は剣を鞘に収め、両手を正眼に構える。 「セリス、貴方何を考えていますの!?」 「こいつは……『これ』はこの場で殲滅する。破邪神リュフナスの名に賭けても」 …………アレハコノ世界ニアッテハナラナイモノダカラ。 「な……こんな時に冗談はおやめなさい!勝ち目の薄い戦いを挑めなどという教えはありませんわよ!?」 「ここで引いたら確実に近くの村や町も被害に遭うわ…………援護、お願い」 言って、私は呪を唱え始める。 「…………言った以上は、必ず殲滅してくださいませ!」 諦めたのか、シャーリィも呪を唱える。 「『我 盟約に従いて 邪悪を滅ぼすものなり 今 誓いの元に 戦の意思をここに示さん 全てを打ち倒す矛を我が手に―――』」 「『赴く者に幸いを 立ちはだかる者に災いを 善なる者に栄光を 邪なる者に破滅を 祈りよ 力となりて 彼の者に勝利の福音を―――』」 そして、ほぼ同時に魔法が発動する。 「『聖なる武具』!」 「『今こそ祝福の鐘は鳴る』!」 |
「でりゃぁぁぁぁっ!!」 気合とともに、『聖なる武具』を振りかぶりつつ私は一気に間合いを詰める。 『それ』が伸ばしてきた触手を光の刃で薙ぎ払い、さらに迫る。 ザシュッ! 初太刀が『それ』の体を深く抉る。 続けて2撃、3撃……! 『ブレス・トゥ・ブレス』の効果によって加速され、威力を増した刃で、襲い来る触手ごと『それ』を八つ裂きにする。 切り捨てられた肉片がのたうち、ジュゥゥゥという音を立てながら溶け崩れる。 ………………。 「思ったよりあっさり終わりましたわね」 『それ』はもはや原形を止めぬほどにバラバラにされ、小さな肉片となって地面に散乱していた。 ――――――ナルホド でぃう゛ぁいんあくせぷたーカ―――――― また、ゾクリとするような声が頭に直接響く。 物理攻撃ではダメか……! ――――――神ノ人形カ 侵シガイノアル獲物ダ―――――― 「シャーリィ!構わないから思いっきり焼き払って!」 ――――――サァ ドウヤッテ侵シテヤロウ―――――― 「『汝は炎 全てを焼き尽くす地獄の業火―――』」 私の叫びに、ためらうことなく詠唱を始めるシャーリィ。 ――――――ソウダ ソコノ人間を使ウトシヨウ―――――― 詠唱が、止まる。 「…………シャーリィ?」 カランッ。 振り返ると、シャーリィは杖を取り落とし、腹部を押さえて苦しんでいる。 「まさか…………」 ――――――同朋ノ手デ侵シテヤルトシヨウ―――――― 既に、寄生されている…………!? 「シャーリィ!」 私が為す術もなく、ただ彼女の名前を呼んだ時。 黒い風が、吹いた。 「え……?」 黒い影は、その手をシャーリィの腹部に突き刺す。 ズルリと引き抜かれたその手には、白く蠢く奇怪な『蟲』が握られていた。 それと同時に、シャーリィが地面に倒れる。 はっとして、シャーリィに駆け寄り肩を揺さぶる。 「シャーリィ?シャーリィ!大丈夫!?」 「放って置け。じきに目覚める」 そう言って、その男は『蟲』を握り潰す。 黒いローブの、あの男。 男は全身血に塗れて、しかし自身には一切傷を負っていない様だった。 ――――――マタ貴様カ 神ノ奴隷メ―――――― 「消えて貰うぞ。貴様のせいで人間の血が不味くなる」 ――――――消エルノハ貴様ダ―――――― 地面に散乱していた肉片が集い、再び形を為す。 「下がっていろ、《神の止まり木》。《侵す者》の相手にはお前では役者不足だ」 男は、私を一瞥すると、そう言い放つ。 「あんた、いったい……」 「私は《公爵》セルクォイス。ヴァンパイアだ」 「ヴァン……パイア……?」 もしかして、あの、伝説のノーブル・ヴァンパイア…………? 白い肉塊―――《侵す者》と称された『それ』から触手が放たれ、彼を取り込もうとする。 しかし、黒い風…………いや、濃密な『闇』が彼を中心に渦巻き、触手を阻む。 闇が、まるで《侵す者》の名をあざ笑うかのごとく、触手を蝕んでいく。 そして闇を翼と為し、彼は空へと舞い上がる。 「さあ、今宵は新月。真闇と戯れ、無へと帰れ」 そして。血塗れの公爵は呪文を紡ぎだす。 『我 《公爵》セルクォイスの名において』 《侵す者》を中心として、地に六芒星が描かれる。 『黒天よ 我が願いを聞き届けよ』 六芒星の各頂点から伸びた青紫の光が、咎人を張り付けるかのように《侵す者》を貫く。 『完全なる自由へ 逃れられぬ束縛へ 終焉にて訪れるものへ』 六芒星の中心から極太の光の柱が伸び、《侵す者》を灼く。 『我が前に立ちはだかる総ての存在を 等しく導かれし結末へといざなえ』 闇が球状となって彼の両手の間に集う。 「『リバティサイド』!」 魔法は、解き放たれた。 闇色の光球が放たれ、六芒星の中心の《侵す者》を包み込む。 ――――――オオオオオオォォォォォォ……・・!―――――― 景色を。血の匂いを。叫びを。 拡がった闇は、総てを呑みこみ、そして―――。 |
もうほんの少し経てば、朝日が東の空に差し掛かる、そんな頃。 夜明けの頃、夕暮れと同じく逢魔ヶ刻と呼ばれる時間。 「…………倒したの?」 こくり、とうなずく彼。 「…………あの、《侵す者》とか言う奴、結局なんだったの?知ってるんでしょ?」 「人間の姿を装い人里に紛れ込み、食事を介して幼体である蟲の姿で人間に寄生し、数日後に脳と心臓を侵食する。奴にわずかでも侵された人間の血は、たとえ蟲を排除したとしてもひどく不味い。迷惑な事だ」 なるほど。それで、村長宅で食事に手を付けたシャーリィは蟲にとりつかれ、何も食べなかった私は無事だった、と。 …………なんだか今、一部不穏な言動があったような気もするけど……。 「さっきシャーリィにやったみたいに、蟲を取り出せば助かるわけ?」 「そうだ。完全に寄生する前であれば、蟲を排除すればいい。お前たちが暴れたおかげで余計な手間がかかったが、そこの娘で全員の処置は終わった」 …………他意は感じられないが、なんだか引っかかる言い方。 結局助けられたわけだから、文句は言えないけど。 「《侵す者》は尖兵に過ぎん。邪兵は他にいくらでもいる」 「イビルサーバント……?」 だが、彼は私の呟きには答えなかった。 「まだ聞きたいことはたくさんあるわよ。あんたの目的は何なの?《神の止まり木》って何?」 答えは、無い。 しばしの無言のあと、別の話題を切り出すように、ただ、 「腹が、減ったな」 そうポツリと言って、私を見る。 そう言えば、ヴァンパイアと言うことは…………。 「わ、私の血ならあげないわよ?」 「そうか」 意外とあっさりと引き下がられて、少し拍子抜け。 彼は踵を返し、村の外へと歩いていく。 「ちょ……待ちなさいよ!」 彼は、立ち止まらない。 ただ、ゆっくり西へと歩いていく。 …………よし、決めた。 「ぅ……ん…………」 シャーリィが、目を覚ましたらしい。 そのまま地面に転がしとくのもあとでうるさそうなので、私たちにあてがわれる予定だった村長宅の部屋のベッドに寝かせていた。 「シャーリィ、大丈夫?気分はどう?」 間近に顔を近づけて、聞く。 「…………最悪の気分ですわ……まるで誰かの破滅的に音痴な子守唄を聞いているかのよう……」 「憎まれ口叩けるなら大丈夫みたいね」 苦笑して、顔を離す。 「それで……どうなりましたの……?」 「あの男。あいつが貴方の事助けて、あの怪物も倒した」 そこで一旦言葉を区切る。 「それで…………シャーリィ、動けるようになったら貴女は生き残りの人を連れて先に皇都に戻って、これを皇王様に渡して」 シャーリィが目覚めるまでに急いで書き上げた報告書を傍らに置く。 「先に……と、貴方はどうしますの……?」 「私は、あの男を追う」 そう。決めたのだから。 「私がついて行かなくても貴女ごときが一人だけで大丈夫ですかしら……?」 いつもの憎まれ口。でも、私を心配する裏返し。 「手負いの人間について来られるぐらいなら、私一人のほうがマシよ」 憎まれ口で、返す。 報告書には、万が一を考えてシャーリィを徹底的に検査・治療するよう併記しておいた。 シャーリィに背を向け、扉へと歩いていく。 「報告書、頼んだわよ。私は急いで追いかけないと、まだそう遠くには行ってない筈だから」 「セリス…………」 「じゃ、またね」 パタン、と扉を閉める。 彼を追いかける。 彼の歩いていった方角―――西には、もう一つ村がある。 腹が減った、というセリフからしてまず目的地はそこだろう。 早く、追いつかないと。 たとえ彼が嫌だと言っても意地でもついて行くと決めたから。 私はセリス。エルサディアの神官戦士にして、地方布教官。俗に言う『宣教師』。 今の私の使命は、彼について行き、そして――――――見極める、事。 彼が何を考えているのか。イビルサーバント。ディヴァイン・アクセプター。確かめるべき事はたくさんある。 私は、それらを確かめる。 それが、私自らが選んだ、道。
END
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