夜の帳の中で

 

 

 

 東の空に浮かぶ満月の下、男と女の2人組が歩いていた。
 プラチナの髪をポニーテールにした、青い瞳の女――――――すなわち私と、銀髪に紫色の瞳の長身の青年。
 彼と私は、森の中を歩いていた。ただ、足の向くままに、といった感じで彼は旅を続けていた。そしてそんな彼に私はついていく。しかし、私が革鎧[レザーアーマー]長剣[ロングソード]で武装しているのに対し、彼の格好と言えば武器らしい武器も無く、ただその身に纏う闇色のローブのみ。夜間を旅する者のそれではない。

 

 《異神戦争》よりおよそ二百年。一度は絶滅寸前にまで追い詰められた人間達の営みも徐々に復興の兆しを見せているが、夜ともなればいまだ人間を獲物とする生き物たちや野盗山賊の類の横行する時代。そんな中をろくな装備も無しに歩くような者と言えば、自殺志願者か、命知らずか、よほど腕に自信が有るか、それとも――――――。
 ただはっきりと言えることは、私が彼の心配をしたところで何の意味も無いだろうという事。
むしろ、気をつけなければならないのは私のほうだろう。無論、私だって戦闘訓練は受けているし、実戦経験もある。
並みの怪物や山賊程度なら、私一人でも何とかする自信はある。
でも、危険が皆無である保証など、どこにもありはしない。
人間一人の力では遠く及ばぬような危険にも、何度か遭ってきたのだから……。

 

「ねえ」

 私が呼びかけると、彼――――――セルクは歩みを止めることなく、わずかに顔をこちらへと向けた。いや、傾けたといった方が正しいかも。
同行者は悩みのタネそんな反応はいつものことだけれど。
「そろそろ夜営の準備、したいんだけど?」

 もちろん、本来夜営の準備なんて日が落ちる前にやることだ。私もそれは良くわかっている。しかし、セルクは夜歩く方が好きなのだ。…少しは同行者のことも考えて欲しいけれど。秋も深いこの時期、夜の旅路は別の意味でも辛い。

「この先に村がある」

 一言、簡潔に彼は答えた。こんな反応もいつもと同じ。つまりは、その村で一泊しようというわけだ。まあ、この場で夜営よりは、少し歩いてでもそうした方がはるかにマシ。

「うん、わかった」

 私は軽く肯くと、そのまま歩いていく彼の後を追った。
 しかし、この先にも村が有ったなんて……。
 この辺境には、地図はおろか、標識すらろくに存在しない。《異神戦争》による大破壊のため、それ以前の地図は使い物にならないし、それ以降に作られたまともな地図といえば、いまだ皇国内のものだけだ。なんのあても無く、そんなに簡単に山奥の村が見つかるものではない。それでも、近隣の町や村で他の村の情報ぐらいは得られるけれど、少なくとも私が聞き込んだ限りではこのあたりに村があるかどうかはわからなかった。
 まあ、彼のことだ。以前来たことがあるとか、あるいはしばらく前の見晴らしのいい峠を通ったときに見つけていたとか。そんなところだろう。
 とりあえず今日は、久しぶりに暖かい布団で寝られそう。
 そんなことを考え、私はセルクと共に村へと向かっていた。
 その先に待っていた、長い夜のことなど考えもせず。

 


 私はセリス。エルサディアの神官戦士にして、地方布教官。俗に言う『宣教師』。
 今の私の使命は、彼について行き、そして――――――見極める、事。



 思ったより早く森を抜けるとその先に、セルクの言う通り村はあった。
さすがに小さな村だけれど、珍しいことに酒場がある。見たところ、宿も兼ねているらしい。ちょっと失礼かもしれないけど、普通こんな小さな村の場合酒場や宿屋の類は無い。旅人は村長にでも頼んで泊めてもらい、村長たち村人は、珍しい外の話を肴に盛り上がる…というのがパターン。
 まあ、あくまで『普通は』というだけだし、別に文句をつけたいわけでもないし。私たちは素直にその酒場へと向かった。

 

 内装は、まあ普通の酒場。丸テーブルがいくつか、カウンター席と2階への階段。
 客は私たちだけで、あとは愛想のなさそうな中年の店主と、なにやら沈み込んだような表情の給仕[ウェイトレス]さんが1人。
 余計なお世話かもしれないけど、こんなので儲かってるんだろうか?
 セルクはそんな雰囲気など微塵も介さない様子で近づき、店主に話し掛ける。

「部屋を2つ」

 いつもの事ながら、一応私の分も頼んでくれるらしい。宿代が浮いた♪

「……2階の通路の突き当たりを使ってくれ。代金は前払いだ」

 言われてセルクは懐を探ると、一枚の硬貨を店主に放る。それを見た店主は、目を丸くする。
 金貨だ。それも、皇国発行のもの。
 ……普通の宿の宿泊代だけなら、丸1年分払ってもお釣が来るんだけど。

「釣はいい」
「それで食事とかもお願いね♪」

 すかさず、私が便乗する。

「とりあえずシチューかなんか、あったまる物ね。あんたは何にする?」

 話題を振られた当の本人はそのまま2階へ上がろうとするところだった。

「ワインを。そこの娘に部屋まで運ばせろ」

 言って彼が指差したのは、さっきから黙ったままの給仕さん。その一言で店主も給仕さんも、わざわざ金貨で支払った意味を察したらしい。

「……わかりました」

 給仕さんがようやく口を開く。

「そうだな、それがいいのかもしれん……」

 ややあって、店主も口を開く。
 そのころには、セルクはとうに部屋へ向かった後だった。給仕さんは酒蔵からワインを取り出してきて、部屋へ向かった。それを、食事の用意をしながら複雑な表情で見送る店主。
 ……たぶん今、二人が考えていることが、勘違いだと知っているのは私だけ。まあ、あんな大金出して、若い娘を呼びつけて、と来たら誤解するのも無理はないか。でも、あながち間違いでもないんだよね、ある意味……。
 もう少ししたら、給仕さんのほうはそれを知ることになるだろうけど。

「ね、あの子って、もしかしてあなたの娘さん?」

 湯気を立てるシチューが出されるときに、なんとなくあの給仕さんのことを聞いてみた。

「ああ……」

 ポツリ、と答える店主。
 まあ、こういう所で誰かを雇ったりするような事なんて無いだろうから、当たり前かもしれないけど。

「ここに入ってきた時なんだか妙に深刻そうな表情してたけど、何かあったの?」
「……他所もんに話すようなことじゃない……」

 つい、と目をそらす店主。

「おまえさんがた、早めにこの村から出て行ったほうがいい。特に、あんたみたいな若い娘さんは…」

 そこまで言ってから、口をつむぐ。
 こういった村の人間というのは排他的な態度を取ることは多いけど、今のはちょっとニュアンスが違う。

「そういう言い方されると、とっても気になるな〜。化け物の生け贄にでもされちゃうとか?」

 店主は黙って、目をそらしたまま。

「そういうので困ってるなら、手伝えるよ?こう見えても私、神官戦士なんだから」
「神官戦士……だと?」

 その言葉に、ようやく反応する店主。自分で言っといてなんだけど、やる気自体はあんまり無かったりする。…実際に何かあったら、結局首を突っ込む事になるんだろうけど。好奇心旺盛な自分が、時々恨めしい。

「そう、エルサディア教団公認のね。……まあ、私には威厳とかそういうのは欠片も無いと思うけどね」

 証明するように、私は服の下に入れてあった胸元の聖印を掲げて見せる。

「本当…なのか?」
「何なら、証書もあるよ?」

 ふぅっと息を吐くと、店主はポツリポツリと語り始めた……。

 

 ……店主の話をまとめるとこうだ。
 化け物が、この近くの古城に住み着いて、村に生け贄を要求してきた。1月に1人、汚れを知らぬ娘を差し出せと。この村だけじゃなく、近くの村にも同じ事を言っているらしい。村の若い男共で、勇気のある連中が化け物を退治しに行ったが、みんな殺されてしまった。そして、生け贄に差し出された娘は二度と戻ってこない……。

「あの子も、いずれ近いうちに生け贄にされちまうだろう。それなら、いっそのことどこの誰とも知れない奴でも、あの子が望むなら…」

 やっぱ勘違いしてる。それより……。

「あの、もしかしてその化け物って……」

 パンをシチューに浸しながら、なんとなく、嫌な予感がして聞いてみた。

「ああ、あんたも聞いたことがあるだろう?ヴァンパイア、さ」

 何かを諦めたような、そんな様子でその単語を吐き出す。
 ……嫌な予感、的中。となると……。

「いくら神官戦士様でも、ヴァンパイアを相手にするなんて無謀だ…見つからないうちに村を出て行ったほうがいい」

 店主がそんな事を言っているが、ただ私の耳を右から左へ通り抜けるだけだった。私にはもっと気にかかることがあったから……。
 ふと、階段を降りる音が聞こえる。私の予想が当たっていれば、たぶん当たっているだろうけどそれはおそらく……。
 顔を向けると、そこには少しぼぉっとした表情の給仕さんと、…予想通りセルクが降りて来ていた。そしてセルクはつかつかと出口へ向かう。

「……どこ、行くの?」
「この近くの古城だ」

 ……分かっては、いたけど。

「何しに……?」

 できることならこの予想は裏切られてほしいと願いながらも、聞いてみる。
 自分でも、自分の顔が引きつっているのがわかる……。

「ヴァンパイアに会いに、だ」

 こともなげに言うセルク。
 ……結局、予想は裏切られなかった。

 また、夜が始まる。今まで幾度となく過ごしてきた、彼と共に厄介事に巻き込まれる、長い夜が。
 あぁ……暖かい布団よ、さようなら。



 結局、私はセルクについて行っている。自分で決めた事とはいえ、少し後悔してるかも。でも、師匠せんせいも「やらずに後悔するより、やって後悔しろ」って言ってたし。
 ……セルクは、私がついて行く事に、何も言わない。私がついて行くのが当然だと思っている・・・訳でも絶対にない。彼が、その美人とでも形容すべき面立ちの奥底で、いったい何を考えているのか……。いまだに、分からない。

「ねぇ、例のヴァンパイアってさ、……アンデッドの方、だと思う?」
「会ってみなければ分からん」

 いつもの通り返事はそっけない。
 セルクはそう言うけど、話を聞いた限りでは十中八九アンデッド・ヴァンパイアと見ていいだろう。

 

 ヴァンパイア。数多あるアンデッドの中でも特に有名なものの1つで、高い魔力を持ち、人間の生き血、特に処女の血を好んで吸う。ヴァンパイアに血を吸われて死んだ者は、いずれヴァンパイアと化す……というのが世間一般に広まっているイメージ。
 アンデッドとしてのヴァンパイアは確かにそうだ。補足させてもらうなら、主に世代によって大きくその力量が異なり、上位のものになると肉体的な破壊は一時的にその活動を停止させる事はできても、時間が経てば再生する。
 危機に陥れば自身を[もや]と化し、逃げること以外できなくなる代わりにほぼあらゆる攻撃を無効化する。
 また、その瞳に魅入られたものは恐怖に凍りつき、動く事すらできなくなる。
 最上位のものは不死者の王ノーライフキングと呼ばれ、古代語魔法の秘術によって生まれたとか……。
 上位種のヴァンパイアを倒す方法は、精神そのものを破壊するか、「邪なる土アンホーリーソイル」と呼ばれる、ヴァンパイアの本体とでも言うべき物を浄化する事。
 アンデッドは私達エルサディア教団の崇める神々、特に私の契約している破邪神リュフナスにとって、浄化すべき邪悪な存在。だからこそ、私も行かなければならない。まあ、それだけが理由じゃないけど。
 ……そして、もう1つ。ヴァンパイアはアンデッドのものだけが存在する訳ではなく……。

 

 ふと気づくと、すでに例の古城の正門前。
 正門はまるで私たちを出迎えるかのように不気味にぽっかりと口をあけていた。
 セルクはわずかにためらう事も無く、さっさと入って行ってしまった。


「……って、おいてかないでよ!」

 慌てて私も中に入る……が、時すでに遅くセルクはどこかに姿を消していた。
 まだ遠くには行っていないだろうから、急げば追いつけるかもしれない。でも、こんな場所でうかつな行動を取れば、どんな危険が待ってるか分かったものじゃないし。
 ・・・しかたないか。1人で行こう。
 どうせ目的地は同じだし、急いでも間に合うとも限らないし。
 そう思い、私は一人で先に進む事にした。
 おそらく、親玉がいるのは謁見の間あたりか。

 

 古城か……やっぱり中は広いなぁ。
 古城、と言う以上《異神戦争》以前に建てられたものに間違いない。
 こういう所はよく《異神戦争》以前の遺物が眠っていて、冒険者の類にとっては格好の目標になるんだろうけど、さすがにヴァンパイアがいるような城だけに、危険も多いんだろうなあ……。
 なんて考えていると・・・通路を抜けた先に、ゾンビがたくさんいた。

「……うげぇ」

 思わずそんな声を漏らしてしまう。
 何しろこのゾンビという奴、動きはとろいし、腕力とかもそんなに無い。はっきり言ってザコなんだけど、やっかいなことに、とにかくタフでなかなか倒れてくれない。ついでに言うと、その外観は普通の人にはかなりの生理的嫌悪感をもたらす。
 私は職業柄こういう連中には慣れているけど、やはりゾンビが集団で襲い掛かってくる光景を目の当たりにしては熟練の冒険者でも回れ右したくなるだろう。
 そして、これが一番嫌な理由なのだが・・・傷つけると、腐汁を撒き散らすのだ。
 直接の害は無いが、やたら臭いし、洗ってもなかなか落ちない。
 こんな理由で、ゾンビは「戦いたくないモンスター」ワースト10位以内に、常にランキングしているという。
 そんな事を考えているうちに、ゾンビの群れはこちらに向かってきていた。
 さて、どうしようか・・・。見過ごすわけにも行かないし、それこそ飛び散る腐汁さえ気にしなければ楽勝な相手だけど・・・。
浄化!  この後の事も考えると、魔法は温存したいし……。
 考えている間に、虚ろな表情でこちらに迫ってくるゾンビの群れ。
 ……いい。あんなのと格闘戦やらかすぐらいなら魔法でぶっ飛ばす!
 幸い収魔石の容量も満タンにしてあるし。

「『不浄なる輩よ、塵へと還れ・・・』」

 聖音によって、《領域》へとアクセスする。
 そして、コマンドワードによって力を解放する。

「『不死者破壊[デストロイ・アンデッド]』!」

 《領域》からもたらされた魔術式が展開され、ゾンビたちの群れを包み込み、顕現する。
 神聖魔法、『デストロイ・アンデッド』。アンデッドのみを打ち滅ぼす、聖なる波動に包まれてゾンビたちは全て音も無く崩れ、そして跡形も無く消え去った。
 ふう、片付いた。
 少し収魔石の残量は減ったけど、私自身には消耗は無い。
 さて、先に……
 進もうとした私の前には、今度はレッサーヴァンパイアの群れが待っていた。

 一様に青白い肌と赤く暗い、見るものを恐怖に凍らせる瞳。
 もはや知性を失っているのかその表情から読み取れるのは、血への渇望のみ。
 おそらく、このレッサーヴァンパイアたちは……。
 私は彼らに引導を渡すため、剣を抜き放った。



 やっと片付いた……。
 あの後レッサーヴァンパイアを片付けたと思ったら、敵の群れが出るは出るは。
 グールに、スケルトンに、またレッサーヴァンパイア。
 幸いにもゾンビは最初ので打ち止めだったみたいで、魔法を温存できたけど。
 まあ、あれ位の相手なら本来魔法を使うまでも無いんだけどね……。
 さて、先に進もう。

 

 階段を上がり、通路を抜けた先はかなり広いホールになっていた。
 でも、雰囲気からして謁見の間とは少し違うか。
 邪推するなら、ここに出てくるような奴は親玉じゃないってこと。

「あらぁ……いらっしゃい。よくたどり着けたわねぇ」

 部屋の奥のソファーにだらしなく寝そべっていた人物が、話し掛けてきた。
 風体は、大人の色気満載の美女といった感じか。
 いや……あの青白い肌と、暗く、赤い光を宿した目は……。

「あのゾンビやらスケルトンやらはあんたの差し金かしら?」

その瞳の放つ威圧感に耐え、訊ねる。

「初対面の相手にあんた呼ばわりとは失礼ねぇ」
「アンデッドがうようよしてるような所でくつろいでるようなやつが、まともな奴な訳ないでしょうが。で、あんた、どうやらここの主って訳でもなさそうだけど?」
「……まぁ、いいわぁ。私の名前はカフカ。あの子達はご主人様の命で貴女を歓迎しに行かせたのよぉ。気に入って頂けたかしらぁ?」
「お生憎さま。私、アンデッドって大っ嫌いなの」
「あらぁ、それは残念ねぇ」

 そう言って、起き上がってこちらへとゆっくり近づいてくる。

「でも、大丈夫よぉ。もうすぐ、貴女も私たちと同じになるんだからぁ」
「…………」
「ご主人様はねぇ、貴女の事が気に入ったそうよぉ。私もぉ、ご主人様に気に入られてこうして永遠の美貌を手に入れたのよぉ」
そう言って、艶かしく体をくねらせる。
「貴女も欲しいでしょぉ?永遠に老いることなく美しいままでいられるのよぉ。貴女もなりましょぉ?私と同じヴァンパイアにぃ」

 やはり、こいつはヴァンパイア。それも、おそらく上位種の。
 ふっ……と、思わず笑いが漏れた。

「……何がおかしいのかしらぁ?」
「いや、あんまり滑稽だったからね……」

 すうっと、カフカの表情が険しくなる。

「……何ですって?」
「滑稽だって言ったのよ。永遠の美貌?そんなものを手に入れるためにアンデッドになるぐらいなら、私は人間のまま精一杯生きて、そしてしわくちゃのおばあさんになって最後に「幸せだった」って言い残して死ねるような生き方を選ぶわ。あんたみたいに、そんな醜態さらしてまで現世に止まり続ける気が知れないわね」

 啖呵をきりつつ、ロングソードを抜き放つ。

「……小娘ぇ、もう一度言ってみなさいぃ……!」
「ご要望とあらば、何度でも言ってあげるわよ?あんたは醜悪極まりないってね!」
「殺してやる!!!」

 あ、逆上した。気が短いなあ。

「来なさい。破邪神リュフナスの名に賭けて、完全に消滅させてあげる!」
「吠えるな、小娘ぇ!!『忠実なりし下僕達よ、我が敵を打ち倒せ……』」

 カフカはいくつかの石ころを取り出すと、中空に方陣を描き、呪文を唱え始める。

「『石の従者ストーン・サーバント』よ!」

 カフカの唱えた呪に応え、放り投げられた石ころがその大きさを増し、3体の人型のパペットゴーレム――――――ストーン・サーバントが出来上がる。
 ……古代語魔法を使えるのか。しかし。

「ストーン・サーバントごときじゃ役者不足よ。もうちょっとマシな魔法使えないの?」
「その減らず口、二度ときけないようにしてやるわ!」

 ストーン・サーバントと一緒に、まっすぐこちらに突っ込んでくるカフカ。
 完全に逆上してる。まあ、挑発したのは私だけど。
 同時に突っ込んでくるのにタイミングを合わせ、剣を両手に構える。

「はっ!」

 気合と共に剣を振るう。
 カフカはバックステップでかわす。だが、狙いははじめからストーン・サーバント!
 横薙ぎの一撃が、3体のストーン・サーバントの胴を抉る。
 しかし、倒れるまでには至らない。
 ストーン・サーバントの反撃を、身を捻り、かわす。
 そこに、カフカが手刀を打ち込んでくる。
 魔法かなにかで強化された鋭く伸びた爪による、まるで刃物のような鋭い一撃をこれも間一髪でかわす。
 こちらも反撃の一閃を振り下ろすが、あっさりと受け流される。
 冷静になってきたのか、うまくストーン・サーバントと連携を組んで攻撃を続けるカフカ。
 大振りでかわしやすいはずのストーン・サーバントの攻撃が、間にカフカの攻撃を挟む事で逆に厄介なものになる。
 ザコ呼ばわりしたものの、何せストーン・サーバントと言う奴は丈夫にできていて、なかなか倒れない。
 一方的な攻勢が、数十秒にわたって続く。
 受け流すのに手一杯で、反撃が難しい。
 せめてストーン・サーバントを片付けないと埒があかないが、うかつに剣で攻撃しようものならカフカにその隙をつかれかねない。
 …………なら、あれを使うか。
 あれなら《領域》へのアクセスが思念のみで行え、隙が少ない。少し消耗が大きいけど。
 決心し、私は息をすばやく深く吸い込むと、一気に呪を解き放つ。

「『気爆フォース・イクスプロージョン』!」

 神聖魔法、『フォース・イクスプロージョン』。全周囲に向かって解き放たれた強力な衝撃波が、カフカとストーン・サーバントを吹き飛ばす。
 粉々に砕け散るストーン・サーバント。だが、

「やっぱ効かないか……」

 カフカは吹き飛びはしたものの、あっという間に傷がふさがっていく。
 やはり上位種のヴァンパイアだけあって物理的なダメージは決定打にはならないか……。
 カフカはそのままこちらへと攻撃を仕掛けてくる。

「どうしたのかしらぁ、お嬢ちゃん?そんなものじゃ私は倒せないわよぉ」

 余裕を取り戻したか、口調もこちらをからかうようなものに戻っている。
 そう、剣では奴は倒せない。そもそも、武器では魔法でもかかっていなければ傷つける事すらできない。
 いや、それ以前に精神体そのものを滅ぼさねば、直接戦闘においてヴァンパイアを完全に倒す事はできない。

「今なら、謝れば赦してあげるかもねぇ?さぁ、どうするのかしらぁ?」
「……言ったでしょ、完全に消滅させてあげるって。長生きし過ぎてもう脳がとけてるんじゃないの?

 この期に及んで、まだ挑発する私。

「小娘ぇ!!」
「ボキャブラリが貧困ね。さっきから「小娘」ばっかり。他にもっと気のきいた台詞はないの?」

 ……つくづく好戦的だな、私って。

「だぁまぁれぇぇぇっ!!!」

 カフカは完全に逆上して、繰り出される攻撃は単純な大振りばかりになる。
 隙をついて攻撃したいところだけど、肉体を滅ぼしても精神体そのものを破壊しなければ、いずれ復活する。
 私の剣では精神にダメージを与える事はできないし、私の使える神聖魔法にも直接精神にダメージを与えるものはない。
 ……一つだけ、ある。私の切り札が。
 収魔石の残量は……ぎりぎり、いける。
 できれば取って置きたかったけど、やるしかないか。
浄化の刃!
「『破邪神リュフナスよ、我 汝との契約の元 我と汝が意志を果たさん。我が剣、全ての邪悪を打ち滅ぼす刃を纏いて我が眼前の敵を殲滅せしめん』!」

 契約魔法。神聖魔法の中でも上位に当たり、高位の神官が神々の内の一柱と契約を交わすことで行使できる。
 代償として精神力の消耗は大きいが、その威力は絶大。

「『浄化の刃スピリチュアライズ・ブレード』!!!」

 私の剣が光を纏い、まるで巨大な剣のような刀身を形作る。
 そしてそのまま、カフカめがけて振り下ろす。

「そんなものがぁっ!」

 両手の爪を使い、受け止めようとするカフカ。
 だが、光り輝く刃は、その防御ごとカフカの体を切り裂く。

「ぎゃあぁぁぁっ!」

 悲鳴を上げるカフカ。
 気にせず、連続で攻撃を加えていく。
 スピリチュアライズ・ブレードの発動中は精神力を消耗し続ける。一気にたたむ!

「ひぃぃぃっっっ!」

 その身を靄と化し、逃げようとするカフカ。
 靄と化したヴァンパイアは、ほとんどの攻撃を無効化する…………だが。

「無駄よっ!」

 私は、完全に靄と化したカフカにとどめの一撃を放つ。
 切り裂かれ、断末魔の叫びすら上げることなくカフカは消滅する。
 スピリチュアライズ・ブレードによって形作られた光の刃は、邪悪な存在全てを根本から切り裂き、浄化する。
 そう、精神体だろうと、靄化したヴァンパイアであろうと。
 靄が完全に消滅したのを確認し、魔法を解く。

 

 収魔石の残量はもうない。これ以上は自分の精神力を消耗する事になる。もう、うかつに魔法は使えないな……。
 さて、謁見の間に向かわないと。
 そのとき、パチパチパチ……と、拍手が聞こえてきた。

「見事だな、神官戦士殿。カフカを無傷で倒してのけるとは」

 振り向いた先には一つの影。
 カフカなどとは比べ物にならない、圧倒的な威圧感。
 そして、その暗く赤い視線にとらわれ、私は心よりもむしろ体が恐怖に凍りつくのを感じていた。
 不死者の王[ノーライフキング]
 伝説とも言われる存在が、私の前にいた。



「……あんたが、親玉って訳?」

 恐怖で凍り、体の自由がきかない中、かろうじて口だけは動いた。

「ほう、その状態で話すことができるとは。流石はエルサディアの神官戦士殿だ」
「……ごたくはいらない」
「ふむ……。では、まずは自己紹介させていただこう。我が名はゾンヴォルグ。永遠を手にいれし者。この城の主だ」
「……ここに来た生贄や村の人達は、どうしたの」
「愚問だな。それは汝自身よく知っておろう。その者達を葬った、汝自身が」

 やっぱり、あのレッサーヴァンパイアたちは……。

「案ずる事はない。汝はこれより永遠を手に入れるのだから」
「…………」
「そう、生命などと言う些末なものにすがる必要などもうないのだ。汝はこれより我が同胞となる」
「…………」
「汝は優れた素質を持っている。そう、カフカなどよりもよほど我が同胞として相応しい」
「…………よ」
「む?」
「……お断りよ、って言ったのよ」
「ふっ、気丈だな。……だが、そんな状態で何ができる。汝に選択権はない」

 ……そう、何もできない。舌を噛んで死のうとしたところで、それこそ即死でもしなければ間に合わない。
 私の命が尽きるより先に血を吸い尽くされるだろう。結局、私がヴァンパイアとなるのが遅いか早いかの違いだけ。
 視線に見入られ動けない体では、逃げる事も、剣を振るう事もできない。魔法を使おうにも、思考すら麻痺しかけている今ではそれも無理だ。

「…………くっ」

 打開策が見つからず、歯噛みする。

「さて、まずは堪能させてもらうとするか。処女の、それも高位の神官の血は格別に美味い……」

 ゾンヴォルグの牙が私の首筋に迫る……。
 そのとき、ホールに一つの足音が響き渡った。

 

「探したぞ」

 足音の主が、ゾンヴォルグへと唐突に言い放つ。
 立ち位置の関係で、その声の主は私からは見えない。

「……何者だ」

 食事を邪魔されたゾンヴォルグが、苛立たしげに問い掛ける。

「謁見の間にでも居るものかと思えば、こんなところで私の連れに何をしている」

 ゾンヴォルグの問いを無視し、続ける。
 この声、そしてこんなタイミングで現れるやつ。

「何者だと訊いている!」
「騒ぐな。見苦しい」

 間違いない、セルクだ。

「貴様……我が何者かを知ってのことか!」
「知らんな」

ゴウッ!!

 唐突に、轟音とともに私の視界を蒼い光の柱が横切る。
 光が過ぎた後には、ゾンヴォルグは消えていた。
 同時に、私は体の自由を取り戻す。
 おそらくゾンヴォルグは、セルクの放った一撃で消し飛ばされたのだろう。
 それを証明するかのように、光の進路上の壁にはぽっかりと大穴があいていた。

「……ありがと、セルク」

 セルクは何も言わず、近づいてきた。

「ちょっと、人がお礼言ってるんだから、せめて何か反応返しなさいよ」

 そんな私の言葉にも、セルクはいつものポーカーフェイスのまま。
 ホントに、何を考えてるんだろう……。

「くっくっく、これで終わったとでも思ったか?」

 ゾンヴォルグの声が響き渡る。
 セルクと私がそちらに顔を向けると、少し離れた場所に、ゾンヴォルグが現れる。

「もう再生した!?いくらなんでも速過ぎない!?」

 普通、肉体を完全に破壊されたヴァンパイアの再生には丸1日かかる。
 たとえ不死者の王と言っても、この再生力は異常だ。

「言ったであろう。我は永遠を手にいれし者だと。そこらの俗物と同一視してもらっては困る。我は決して滅ぶ事はない、例え何度肉体を破壊されようとも。邪な土のような邪魔なものすら、我には必要ない!我こそが完全なる永遠の存在なのだ!」

 尊大に、言い放つ。そして、

「セルクとかいったな……貴様、人間ではないな」

 セルクは、答えない。
 答えを返す代わりに、セルクのまわりに闇が渦巻き始める。

「そうか、貴様は……」
「私は《公爵デューク》セルクォイス。お前のようなアンデッドではない、真のヴァンパイアだ」

 

そう、ヴァンパイアは、アンデッドのものだけが存在するわけではない。
創造神により世界が創られた折、創造と進化を司るエンジェル、そして存在と維持を司るドラゴンと共に、終末と破壊を司る力を与えられた種族。総ての生命の中で、唯一完全な永遠の寿命を持つ存在。
自らを示すため、二つ名として貴族階級を用いると言うその種族こそが、真のヴァンパイア――――――アンデッドのそれと区別するため、ノーブル・ヴァンパイアと呼ばれる。
ただ、人間の生き血を主食とする事のみが、アンデッドのそれとの共通事項。
そう、アンデッドなどではない、神の創りし存在……。

 

「そうか、貴様が噂に聞く《血塗れ公爵ブラッディ・デューク》セルクォイスか。だが、生命などと言う些末なものにこだわる貴様にような劣等種など、我が駆逐してくれよう!」
「些末、か。そうして自らに終わりが訪れる事を恐れるあまりに最も大切なものを捨てる道しか見出せなかっただけだろう」

 セルクのまわりの闇がその濃度を増し、はっきりとした造型を形作る。
 闇の、翼。
 ばさりと、翼が私を包み込む。

「!?」

 一瞬にして私の視界が切り替わり、私はホールの隅にいた。
 ……どうやら、セルクが邪魔にならないように少し離れた場所へ転移させたらしい。

「貴様などには解るまい、必ず待ち受ける死の蔭がもたらす苦しみなど!どれほど永遠を渇望していたかを!」
「永遠がもたらすものの意味すら理解しようともせず、ただ闇雲に追い求める者の心情など理解する気も起こらん」
「黙れ!我は……我は手に入れたのだ、完全なる永遠を!決して滅ぶ事などありえぬ肉体を!」
「哀れだな。死すら放棄し、ただ永遠のもたらす甘美な幻想に溺れているだけか」

 だんだんと熱を帯びていくゾンヴォルグの口調とは対照的に、淡々と相手の言葉を切り捨てるセルク。

「この世に完全なヴァンパイアの存在は我1人で十分だ。……消えるがいい!『火炎球ファイアボール』!」

 呪文の詠唱すらなく、ゾンヴォルグが巨大な火球を放つ。
 だが、セルクの闇の翼に阻まれ、火球はその本来の効果を発揮する間も無く消滅する。

「……己が命運を呪うのならば……」

 セルクが、つぶやく。

「終わりを望むのならば、己が腕でその身を貫き、果てるがいい。お前が終わる事すら捨て去ってしまったならば、私が代わりに与えてやろう。完全なる、終末を」
「ほざけ!滅ぶのは、貴様だっ!」

 ゾンヴォルグが複雑な印を組み、いくつもの《因子》が方陣を描き出す。
 よほどの大魔法を使う気だ。
 一方のセルクは、ただ、両腕を前に掲げている。
 しかし、掲げた両腕の間には周囲よりもより深く、より暗く、より濃密な闇が集っているのがわかった。

「『烈光爆レイ・バースト』!!」

 古代語魔法の中でも『隕石落しメテオ・ストライク』と並び称される、強力な攻城戦用破壊魔法。
 その圧倒的な光の奔流が、セルクを襲い、闇とぶつかる…………だが。
 光は、あっさりと闇の中へ消えた。

「なにっ!?」

 驚愕の声を上げるゾンヴォルグ。
 続けざまにいくつもの魔法を放ちつづけるが、その全てが闇の中に消えていく。
 そして。セルクが呪文を紡ぎ出す。

我 《公爵》セルクォイスの名において

 ――――――エンジェル、ドラゴン、そしてヴァンパイア。彼らのみが神から与えられた、力――――――

 狂ったように魔法を連打するゾンヴォルグ。

安息をもたらすもの 神聖なりし 不可侵なる闇よ

 ――――――私の使うような借り物の力ではない。ある意味では、真に神聖魔法と呼ぶべきもの――――――

 まばたきすらせず、私はその光景に見入っていた。

我が下に集い 終焉齎す力となりて

 ――――――エンジェルは無よりさまざまなものを生み出し、ドラゴンは四宝二元の力を行使する。そして……ヴァンパイアは、苦しみを断ち、終わりを導く――――――

 魔力の象徴たる紫。セルクの、その紫色の双眸が輝きを増す。

我が眼前の不浄なる存在を 還る事なき虚無へと帰せ

 ――――――そして、闇が収束する――――――

「『メギド・スマッシャー』!」

 セルクが、闇を解き放つ。

「……そんなもので……我を滅ぼす事など……!」

 ――――――そんな、ゾンヴォルグの言葉すら飲み込んで――――――
 ゾンヴォルグを中心に、闇が全てを覆い尽くす。
 圧倒的な闇に、目が眩む……。



「……終わったの?」

圧倒的な闇の奔流が去ったあと、もはやゾンヴォルグの姿は跡形もなかった。
その後、再生する気配も見せない。
そして、そのまま古城を後にしたセルクに続いて、私は夜の森を歩いていた。

「闇は全てを喰らい尽くす。例え神との契約であろうと」

 セルクは、ただそれだけを語った。
 おそらくゾンヴォルグは邪神との契約で特殊な能力――――――強力な再生能力や、邪な土による制約からの解放――――――を得ていたのだろう。
 ゾンヴォルグにとっての不幸は、相手がセルクだった事。セルクの放った『メギドスマッシャー』は、穢れた魂ごとその存在を粉砕した。そして……

「……で、どうすんのよ、あれ」

 セルクの一撃はゾンヴォルグだけでなく、その周りごと……古城を、大きく真円に抉り取っていた。
 もはやいつ崩れてもおかしくない。
 セルクは答えない……きっと、たいした事だと思っていないのだろう。

「はぁ……。今回もただ働きかなぁ……勝手にやったことだから村の人にお金請求する訳にも行かないし……」

 そんなことをつぶやいていると、セルクが何かを投げてよこした。

「……何これ?」

 大小さまざまな宝石がごてごてと埋め込まれた、金のペンダント。成金趣味な造型で、使われている宝石等の価値はともかく、装飾品としての価値は低い。はっきり言って悪趣味。間違っても自分では付けたくない。

「路銀の足しにしろ」

 セルクはただ一言、そう告げるだけ。

「……もしかしてこれ、城から取ってきたやつ?」

 セルクは何も答えない。唯々いつものポーカーフェイス。

「まったく、あんたってば……」

 きっと、他にもいろいろくすねてきているに違いない。
 苦笑しながらも、私はセルクと一緒に村とは違う方向に歩いていく。
 明日、村の人達はあの光景を見て、何があったのかと騒ぐのだろう。
 そして、いずれ気付くのだろう、もうヴァンパイアにおびえる必要がないことを。
 いまごろ、あの酒場の店主とウエイトレスさんは何を思っているのだろう?

 

 満月が西の空に落ちていく中、私たちは歩いていく。
 ただ足の向くまま、といった感じでセルクは旅を続けていく。そしてそんな彼に私はついていく。
 強大な力を持ち、人間と共にしか生きる事の許されない種族。
 相手の同意を得ない限り、血を吸う事をしないヴァンパイア。
 彼がどんな目的で旅をしているのか。
 なぜ、私がついて行く事に何も言わないのか。
 なぜ、私の血を吸おうとしないのか。

 

 私はセリス。エルサディアの神官戦士にして、地方布教官。俗に言う『宣教師』。
 今の私の使命は、彼について行き、そして――――――見極める、事。
 彼は人間にとって、エルサディアにとって、そして私にとって、どんな存在であるのかを。
 それが、私自らが選んだ、道。



END

 

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